フリーランスのデザイナーとしてロゴの制作などの仕事を受注した時、注文者から、契約書の締結を要請されることも多いと思います。
ページ数も条項数も多い契約書を見せられてしまい、気後れしてしまうこともあるのではないでしょうか。
この記事では、注文者側、デザイナー側の双方から契約書を見てきた執筆者の経験を踏まえ、デザイナーが契約書を見る際に最低限チェックすべき事項について記載します。
報酬はいつ、どのような条件で支払われることになっているか?
契約書を渡されて、最初に確認すべきは報酬の支払時期、そして支払条件です。
「報酬の金額じゃないの?」と思われる方がいると思いますが、報酬の金額がどれだけ高くても、それが絵に描いた餅になってしまっていると、何の意味もありません。
私はフリーランスの方や企業から業務委託契約書のレビューを依頼された場合、報酬の金額の決定方法よりも先に報酬の支払時期と支払条件を確認するようにしています。
報酬の支払時期
報酬の支払時期としては、大きく分けると次の3つの定めが考えられます。
- デザイン案の納入に先立って報酬を支払う
- デザイン案の納入と引き換えに報酬を支払う
- デザイン案の納入後、一定期間経過後に報酬を支払う
このうち、フリーランスのデザイナーに有利な定めはどれでしょうか。
報酬の支払が約束されるという点で、最も有利な定めは1の前払いです。
少なくとも納入をすれば、それと同時に報酬を支払ってもらえる点で、2の定めもデザイナーに不利とまではいえません。
フリーランスのデザイナーが注意すべきは、3の後払いの形です。
ただ、報酬が後払いに設定されることは少なくないと思いますので、重要なのは具体的な支払期間になります。
せっかく頑張ってデザインを考え、それを納入したとしても、実際の入金が半年後やそれ以降に設定されてしまうとキャッシュフローの観点から問題があるとともに、報酬が支払われない恐れもあるので、交渉を考えましょう。場合によっては、下請法(下請代金支払遅延等防止法)を利用して交渉することも考えられます。
下請法では、納入日から起算して60日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において報酬を支払うことが義務付けられています。なお、良く勘違いされるところではありますが、下請法は、一般的に「下請」として捉えられる再委託だけではなく、単なる委託にも適用されうる点には注意が必要です。
報酬の支払条件
報酬の支払時期の確認とともに、支払条件も確認する必要があります。
条項のタイトルとしては、「納入」や「検収」として記載されていることが多いですね。
検収条件等のことを「報酬の支払条件」という枠では捉えない弁護士も多いと思いますが、報酬が支払われるか否か、報酬が支払われるとして全額が支払われるか、実質的に一部が支払われるに留まってしまうかという点に影響を与えるものであるため、「報酬の支払条件」として評価するのが分かりやすいかもしれません。
支払条件の定め方は、次のようになっているのが一般的です。
成果物(デザイン案)を納入すると、注文者が、納入後遅滞なく、その成果物を一定の基準に従って検査する。その検査の結果、一定の基準を満たしていると判断された場合には、報酬が支払われる。
このような定めよりもデザイナーにとって不利となっている場合には、注文者に交渉し、修正を求める方が良いと思います。
良く見る例としては、注文者に「納入後遅滞なく成果物を検査する義務」が課されていないケースがあります。
遅くとも2週間以内には検査結果を通知する義務が注文者に課されているかを確認し、そのような義務が設けられていないケースでは、検査期間を設定するように注文者に求める方が良いと思います。
また、上記のような一般的な定めが設けられている場合であっても、フリーランスのデザイナーとしては、次の点について、修正できないかを交渉することも検討の余地があります。
1点目が、注文者が成果物の受領を拒絶した場合について、注文者がデザイナーに対して直ちに報酬を支払わなければならないとする規定を追加することを求めることです。
この規定を追加することができれば、次のような注文者の言い訳を効果的に防げる可能性があります。
「そもそも納入を受けていないから検査義務も生じていないし、検査もしていない以上、報酬を支払う前提条件を欠いている。」
2点目が、注文者が検査結果を通知しない場合や、検査の結果不合格であると通知しながら不合格の理由を通知しないような場合に、検査に合格したものとみなす旨の規定を追加することを求めることです。
この規定は一般に「みなし合格規定」と呼ばれているもので、システム開発契約に関するものではありますが、経済産業省が公表しているモデル契約にも設けられているものです。
フリーランスのデザイナーの作業が無駄に終わらないか?
報酬の支払方法と支払時期の次に重要となるのが「作業が無駄に終わる可能性がないか?」という点の確認です。
「仕事を受注し、作業を進め、もう少しで成果物を注文者に渡すことができる!」という状況になった段階で、注文者から「やっぱり、契約は解約でお願いします。」と言われ、一切の報酬を受け取ることができないという事態を避ける必要があります。
この事態を避けるために、「契約の中途解約が許容されていないか?」は確認するようにしましょう。
作業のやり直しや報酬の減額請求等はあるか?
報酬を受け取った後、何度も作業のやり直しや報酬の減額等が請求される事態は避ける必要があります。
したがって、契約書を見る時は、次の点も確認しましょう。
- 注文者の選択肢として、作業のやり直しや報酬の減額等として、何が用意されているか?
- 注文者による検査合格後、作業のやり直しや報酬の減額等を請求できる期間が制限されているか?
- 注文者による検査合格後、作業のやり直しや報酬の減額等を請求できる理由が制限されているか?
このうち、注文者の選択肢を限定するのは交渉上難しいかもしれませんが、期間の制限や理由の限定を設けることは十分に可能です。
なお、期間の制限との関係では、そもそも商法上、「受領から6か月間」に限定する規定(商法526条)があるため、期間の制限が設けられていない場合や、期間の制限が設けられているとしても6か月以上に設定されている場合には、少なくとも6か月間に限定するように要求することが考えられます。
「商法526条は、売買についての規定であり、売買契約以外には適用されないのではないか?」という見解もあるようですが、請負契約にも適用されると考えるのが一般的と考えます(近藤光男「商法総則・商行為法」)。
フリーランスのデザイナーが創出した著作権はどうなるか?
ここまでは報酬に関する規定を中心に見てきました。
報酬に関する規定以外で重要なものとしては、デザイン案の権利関係に関する規定が挙げられます。
フリーランスのデザイナーにとって良いのは、デザイン案の権利が全てデザイナーに帰属し、注文者にはそのデザイン案を利用することだけが許諾されるという建て付けです。
しかし、このような規定が許容されることは稀です。
そのため、フリーランスのデザイナーとしては、デザイン案の権利が注文者に帰属することを前提としつつ、次の点を確認するようにしましょう。
- デザイナーが注文者による注文とは無関係に従前から保有していた著作権はデザイナーに留保されることとなっているか?
- デザイナーのデザイン案を使う際に、デザイナーの氏名や名称をデザイナーの指示する形で表示することが義務付けられているか?
このうち2の氏名や名称の表示義務を定めた契約書は、あまり一般的とまでは言えないと考えます。しかし、フリーランスのデザイナーが自身のブランド力を高めていくための一手法として、契約書に規定するように求めることも有益だと思います。
注文実績を公表することができるか?
次に、これは最低限のチェックポイントではないかもしれませんが、フリーランスのデザイナーの方としては、特に有名企業から注文を受注した事実は、その後の自身のプロモーション活動において大きな意味を持つと思います。
そこで、このような注文実績については、注文者の商号や名称、ロゴと共にデザイナーの自由に公表できるようにしておくことが望ましいと思います。
「デザイナーのプロモーション活動のために注文者の商号や名称、ロゴを自由に使えることとなっているか?」
これもフリーランスのデザイナーが確認すべき1つの事項であると思います。
その他の確認事項
最後に、いわゆる一般条項と言われるポイントについてみていきます。
損害賠償条項
まず、損害賠償に関する規定です。
この規定との関係では「賠償上限額が設定されているか?」を確認するようにしましょう。可能であれば、報酬額と同額を賠償上限額とするように求めるのが良いと思います。
裁判管轄条項
次に裁判管轄に関する規定です。
少なくとも、自分が被告となる場合には、自分の近くで裁判できるようにしておきましょう。
準拠法条項
最後に、準拠法条項です。
海外の方から仕事を受注したときは、準拠法が日本法とされているか、念の為丁寧に確認しましょう。
チェックリストまとめ
記事の終わりに、チェックポイントをリストでまとめておきます。
- 報酬が、デザイン案の納入後、相当長期間が経過してから支払われることとなっていないか?
- 注文者に対し、デザイン案が納入された後遅滞なくデザイン案を検査(確認)する義務が課されているか?
- デザイン案の検査に関し、みなし合格に関する規定があるか?
- 契約が中途解約されて報酬が支払われない事態が生じないか?
- デザイン案の納入後、いつまで修正等に応じないといけないのか?検査合格後、修正等に応じなければならない場面が限定されているか?
- デザイナーが仕事前から保有していた著作権がデザイナーに留保されることになっているか?
- デザイナーの氏名や名称を表示するよう求めることができるか?
- 注文実績を公開することができるか?
- 賠償上限額が用意されているか?
- 近くの裁判所で日本法に基づいて裁判できることになっているか?
最後に
本記事では、デザイナーの方が注文者から契約書を見せられた場合に、最低限確認すべきチェックポイントについて解説してきました。
条項数もページ数も多い契約書を見せられてしまうと、確認するのも煩わしくなります。他方で、確認しなければ、せっかくデザインを考えたのに報酬を払ってもらえないなどといった事態に遭遇してしまう可能性があります。
本記事を参考に、最低限見るべきポイントだけはしっかりと確認し、そのような事態を避けるのをオススメします。
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